ー英雄たる所以、宿命のオハナシー

第2章 ”家族愛のマノン”

迷宮への挑戦に選ばれたひとり、マノンは農場を営む一家の娘だった。神託官から選ばれたとき、マノンは悩むことなくすぐさま役目を引き受けた。

……だが、もし以前の彼女なら、選ばれたとて迷宮には挑まなかっただろう。そう、弟が迷宮から無事に帰ってきていれば。マノンの弟も昔、神託官に選ばれ迷宮に挑んだ。そして――ついに帰ってこなかった。


弟を失ったマノンの家は、徐々に農場経営に苦労するようになっていった。大事な若い男手がいなくなったのだ。以前のように力仕事を回せなくなったせいで、農場は規模を小さくするほかなく、生活はどんどん苦しくなっていった。

マノンは、力仕事を担える一人になろうと涙ぐましい努力をした。女だてらに必死に体を鍛えたものの、それでもこなせない仕事はある。もはや努力だけでは、どうにもならない。マノンに残された方法は神だのみだけだった。

毎日神殿に行き、マノンは神に祈った。「どうか、家族を助けてください」その日も、マノンは神殿で祈りを捧げていた。必死な想いで一心不乱に。そんな彼女に手を差し伸べ、肩を叩いた者がいた。

それは神託官だった。それを見た数名の神官が彼女に駆け寄りひざまずくと、いただいた神のお告げを聴くようにと告げた。神託官の厳かな声が響く。マノンの祈りが神に届いたのだという。神は、迷宮に挑むにふさわしいと彼女を選んだのだ。

選ばれたマノンは、これはチャンスだと思った。なぜなら迷宮に挑んだ者の中には、過去迷宮から帰ってこなかった者を連れ帰る人もいる。

マノンは決心した。弟を連れ帰りあの頃の家族に戻ろう、あの頃の農場に戻ろうと。そうして、彼女は強い決意を込めて迷宮への参加を決めたのだった。

当然、家族はマノンの参加をひどく嫌がった。儀式ですでに息子を失っている、ましてやマノンはたったひとり残った愛娘だった。家族は泣いて、マノンに参加をやめるよう説得した。なんども、なんども。

それでも、マノンの意思は揺るがなかった。農場の為でもあるが……

なにより、かつての弟との思い出が、マノンの背中を押した。懐かしい昔の思い出。弟と過ごした、日向のような和やかな日々。「姉ちゃん行ってくる。必ず英雄になって帰ってくるから!」そう言った弟を、マノンは笑顔で送り出したのだ。

……あの日のことを、彼女はずっと後悔していた。だからこそ、後悔を塗り替えるためにも、あの暖かな日々を取り戻すためにも、マノンは迷宮へと挑まなければならなかった。

「参加者は……あとふたり、か。……負けるわけにはいかないわ。あの子を連れ戻して、絶対生還者になるんだから!」ひとつマノンに懸念があるとしたら。参加者の中のもうひとりのこと、英雄然としたその人のことだった。……きっとあの人がライバルになるだろう、そうマノンは感じていた。

「彷徨いなさい。汝を知るため彷徨いなさい。いずれ何者かと成るために」マノンは決意を込めてつぶやいた。
「あたしは弟を連れ戻す。家族を幸せにするために、英雄になる!」