ーふたりの少女のオハナシー

 第4章 ”あなたと過ごす大好きな時間。”

「ねえベアトリス! こっちにおっきい虫がいるわ!」
「えっ、どれ?  ……なーんだ。それくらいの大きさ、ここら辺じゃよく見るよ」

「嘘!? こんなに大きい虫、私見るのははじめてよ?」
「えー。私の部屋ならこれの倍もある虫だって、よく見かけるわ」

「ほんと? じゃあ……いまからベアトリスの部屋、見せてよ」

「へ?」

「見たいの! 神父様もシスターも、今はみんな祈りに夢中だわ。だからお願い!」

「別にいいけど……寒いよ? あと汚いし、きっとピピの部屋より狭いし……」
「そんなの構わないわ! だって……」

「ベアトリスと一緒なら、どこだって楽しいに決まっているもの!」

ピピはいつも感じていた。私たちの世界にカミサマなんていらない。いるのは、大好きなあなたと、あなたと過ごす大好きな時間。それが私の幸せ。それだけで充分、ピピの世界は幸せに満ちていた。

ピピは、ベッドの上でゆっくりと夢から目覚めた。そっと起き上がって、辺りを見回しあることに気が付いた。「……体が軽い」寝る前は鉛のように重かった体が、羽のように軽かった。「頭が、スッキリしてる……」寝る前はガンガンと騒がしかった頭が、波一つない湖のように凪いでいた。

ゆっくりと部屋のドアが開いた。その音にピピが振り向けば、入り口には彼女の母が立っていた。
驚きに目を見開いて固まる母。その姿に、ピピはふくふくとしたその頬をバラ色に染め、思わず笑った。

声を上げてピピが笑う。母はピピのベッドに駆け寄ると、すがりつくように彼女を抱きしめた。「ピピ! ああ良かった……ほんとうに良かった……!」その声を聞きつけ、父も部屋にすっとんできた。診察に呼ばれた医者も、目を見開いてピピの回復を驚いた。「信じられない……この病から回復した人はひとりもいなかったのに!」

ピピの両親は彼女を抱きしめて、起きた奇跡に静かに泣いた。「ああ、神様! ピピを救ってくださって、本当にありがとう……!」父がピピに言った。「お腹は空いてないか? すぐに美味しいものを作ろう、温かい部屋でごちそうを食べて、みんなで神に感謝の祈りをささげよう!」両親がピピを見つめる、その幸せそうな笑顔。けれど、ピピは物足りなかった。

なぜならそこにベアトリスがいなかったから。ベアトリスを呼ばなくちゃ。あの子と美味しいご飯を食べて、暖かい家で一緒に踊りたい。「だって、それが私の一番の幸せなんだもの!」

おしまい、おしまい。

穢れている。あの森は穢れている。邪悪な魔力が宿る穢れた場所だ。
長居をすれば目が増える。長居をすれば魔力が宿り穢れてしまう。
長居をしたならいずれは森に棲むだろう。

そこに、一人の少女が立っていた。ふくふくとしたバラ色の頬に綺麗な服をきた裕福そうな家の少女。

「朝早くに家を出てきたから、太陽が真上にくるまえに帰れば、きっと大丈夫」少女はつぶやく。

「長居なんてする必要ない。だって私の願いはただ一つ、もう決まっているんだから」

彼女は暗い暗い森に一歩、足を踏み出す。抱えた猫のぬいぐるみを両手でぎゅっと抱きしめて。