ー英雄たる所以、宿命のオハナシー

第4章 ”博愛のラフェ”

迷宮への挑戦に選ばれたひとり、ラフェは、物心ついた時から教会にいた。司祭が拾ったのだ。ラフェは赤子の頃、教会の前で野生の狼に見守られるようにして寝ていたのだという。

その光景は神聖そのもので、まるで神の子だと司祭たち教会の人間は喜んだ。その話は、まさに千年に一度の奇跡だと瞬く間に国中にひろまり、いつしかラフェは国民が神のごとく崇める対象になった。

同じく、ラフェを見守っていた狼も人々に崇められるようになり、教会に保護され管理されることになった。

しかし、ラフェは気がかりだった。狼が日に日に弱っていったから。教会側で出される餌が合わなかったのだろう。首に繋がれた鎖も煩わしそうに、遠くの山を見つめては遠吠えを繰り返していた。

ラフェは切なく思いながらも、結局弱っていく狼を見ているだけで何もしてあげることができなかった。

彼はそんな自分が、人々の言う神の子だなんて凄い存在だなどと思えなかった。それでも皆がそう望むなら、ラフェはそう考え、常に望まれる姿であろうとした。

どうあれば良いかは、すべて司祭が教えてくれる。参拝者の前に立つラフェの後ろで、司祭はいつもこっそり、耳打ちしてくれた。

こうすればいい、ああすればいい――

その言葉のままラフェは動き、人々に救いを与える。

司祭のいないとき、どうすればいいかわからず不安に思うこともあった。しかし、ラフェがほほえみを浮かべれば、人々は安堵の笑みを返してくれた。ラフェは安心した。ラフェは、彼らの笑った顔が、好きなのだ。

ラフェを見守っていた狼も、ラフェが好きな人々のうちの一匹だ。いつかラフェが一人前になれたら、きっとあの子の負担を減らすことができるだろう。その時は、あの子の鎖を解いてあげよう。今はまだ、ラフェにそんな力はないが、いつかきっと。

そんな折、儀式の季節が近づいてきた。ざわつく人々の声がラフェの耳にも届く。「ラフェは英雄になるだろう」という、彼らの期待を込めた声が。

その期待とはつまり、ラフェが迷宮に挑み無事に生還するということだった。ラフェは……迷宮には挑みたくなどなかった。英雄になんて、なりたいとも思っていなかった。

けれど、ラフェに会いに来た夫婦が言ったのだ。「わが子を連れ戻して欲しい」と。
周りも、ラフェのことを期待を込めた目で見ている。

ここまで育ててくれた司祭も、ラフェが英雄になるのを望んでいた。ならば、自分はそれにこたえなければ。自分が英雄になればあの狼の鎖を解くことも許して貰えるだろう。

ラフェが迷宮に挑むことを伝えると、司祭は喜んだ。参拝にきていた国民も、涙を流して喜んでくれた。望まれたことが嬉しくてラフェは狼にも伝えに行ったが、何故か暴れて唸りだした。

「どうして……私が英雄になることは、嬉しくない……?」戸惑うラフェを司祭が慰める。「……きっと、ラフェが心配なのだろう。赤子の頃におまえを守っていたのはあの狼なのだから」

そうか。ならば、安心させてあげたい。必ず生還して、この子の鎖を解いて……ふたりでお出かけしたい。そんな願いをラフェは胸に強く抱いた。

迷宮に挑むのは、ラフェの他にふたりいた。選ばれるのはいつも何人かいたけれど、生還するのは、いつもその中のひとりだけだった。けれどラフェは、ひとりだけ生還するなんて嫌だった。

一緒に挑む他のふたりも、人々が帰りを待ち望む過去の挑戦者も、みんな、みんな救いたい。自分が本当にみんなの望む存在ならば、きっとそれを成すことも可能だろう!

「何かの為に、彷徨いなさい。願いの為に、彷徨いなさい」

ラフェは決意を込めてつぶやいた。「私は、国民の為に。みんなを……笑顔にする為に」

――その年の英雄は、過去に帰ってこなかった人を引き連れて帰ってきた。
国中が喜びに包まれた。あちこちで祝杯が交わされ、そのお祝いはいつまでも続いた。

祝いの中心はもちろん生還した英雄たちだ。
帰ってきた英雄たちはみな、迷宮に入る前とどこか様子が違っていた――